[私の研究テーマ]
1. 量子情報理論
近年の目覚ましい実験技術の進歩によって、量子力学的不確定性の直接的
検証が可能になってきた。通信系や測定系から様々な雑音を除去していった
ときに最後に残る量子雑音も、この量子力学的不確定性の現れである。こう
した不確定性のもとでの情報伝送速度や測定精度などの最適化と限界につい
て組織的に考察しようとする場合、物理現象を基礎理論から説明するという
従来の物理学の視点よりも、むしろ、情報理論や統計学のような工学的な視
点に基づいた理論設定が有効になる。量子力学的不確定性に関するこの様な
情報理論的・統計学的研究を総称して、「量子情報理論」と呼ぶことにしよう。
量子情報理論の対象となる研究テーマは数多くある。私自身が現在主に研
究を進めているのは、量子状態を観測結果から推定するための最適な測定と
推定精度の限界について論じる「量子推定理論」や「量子仮説検定理論」、
および量子力学的通信路 を通して出来るだけ多くの情報を出来るだけ高い
信頼性のもとに伝送するための符号化とその限界について論じる「量子通信
理論」である。これらの研究を通して、量子系に対して数学的に定義される
様々な情報量概念の操作的意味(我々が具体的に「手に取る」ことの出来る
情報との関係)を明らかにしていくとともに、その背後にある種々の極限定
理の正体に迫っていきたいと考えている。
参考文献(日本語の解説記事のみ):
量子力学と数理工学
長岡浩司
システム/制御/情報, Vol.39, No.1, 41-47 (1995.1).
量子情報理論と相対エントロピー
長岡浩司・藤原彰夫
数理科学 No.380 (特集・大偏差原理とその応用), 50-55 (1995.2).
量子情報理論における極限定理について
長岡浩司
数理科学 No.456 (特集・量子情報と量子コンピュータ), 47-55 (2001.6).
量子情報科学の来し方行く末
長岡浩司
電子情報通信学会誌, vol.85, No.8, 576-579 (2002.8).
量子推定と不確定性原理
長岡浩司
数理科学 No.508 (特集・不確定性原理の新展開), 26-34 (2005.10).
2. 並列分散性を持つ確率的モデル
確率的ニューラルネットワークモデルとしてのボルツマンマシンやデータ
の空間的な依存関係を記述するためのマルコフ場などの確率的モデルは、複
数の自由パラメータを持ち、これらの値を与えられたデータに合わせて変化
させていく学習問題が定式化されている。これは統計的パラメータ推定問題
の一種であるが、モデルの持つ並列分散性という特殊構造のために、独特の
味わいが生じる。学習アルゴリズムの並列化、連想記憶モデルへの適用、天
気などの現実データを用いたモデル化、画像処理への応用と言った工学的研
究とともに、空間的構造と確率構造の相互関係や統計力学における格子モデ
ルとの関連など、基礎的な問題を数学的に調べていくことも重要であり、興
味を持っている。
参考文献:
統計的モデルとしてのボルツマンマシン
長岡浩司・小嶋徹也
計算機統計学, vol.8, No.1, 61-82 (1995).
3. 情報幾何学
情報幾何学は、確率分布を点とする空間に関する幾何学であり、統計的推
定理論や情報理論等との関連のもとに発展してきた一つの理論体系である。
これは上記1や2の研究のためにも有力な方法論になる。特に1では確率
分布の代わりに量子状態を点とする空間を考えることになり、 情報幾何学
自体にとっても本質的に新しい展開が必要となる。情報幾何学には、統計学・
情報理論・統計力学・量子力学・微分幾何学など相異なる分野 間に共通の
言語を提供して相互交流を促進するという役割りも期待される。
参考文献:
情報幾何の方法
甘利俊一・長岡浩司
岩波講座・応用数学 (1993.11).
Methods of Information Geometry
S. Amari and H. Nagaoka
AMS & OUP (2000).
(「情報幾何の方法」の英訳・増補・改訂版。全体的にかなり
加筆していますが、特に量子状態空間の情報幾何について新たに
一章設けました。)
量子情報幾何の世界
長岡浩司
電子情報通信学会論文誌 vol.J88-A, No.8, 874-885 (2005.8).
量子状態推定の微分幾何
長岡浩司
数理科学 No.366 (特集・情報空間), 46-52 (1993.12).
量子状態空間の幾何学
長岡浩司
数理科学 No.548 (特集・発展する量子力学), 22-28 (2009.2).
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